猫の思い出話の第2弾を書かせていただきます。
(またまた、古ーい話で恐縮です。)

写真の「あわび」は私がまだ若い頃に勤務していた会社の駐車場で
保護された、今で言う地域猫の子猫でした。

やせ衰えて目ヤニだらけで、か細い声で鳴いていた小さな子猫を
同僚がみつけて、どういういきさつかは忘れてしまったのですが、
結局、私が家に連れて帰ることになってしまいました。


▼保護直後のあわび


あまり動物好きとも思っていなかった父ですが、その時は珍しく
許してくれて、父娘と一匹で暮らすことになりました。
その当時、母が急逝し父が独居となってしまったので、三人姉妹の中で
独身だった私がとりあえず帰郷し、父と二人で暮らしていました。

後で聞いた話では、私が会社に出かけて居ない間、あわびは父が何べん
振り払っても執拗に父の肩を這いのぼってきて、父の耳をチューチュー
吸い続けていたそうで(笑)
それですっかり、情がわいてしまったようです。


その時、病院に連れて行きしっかり検査してもらっていればと
思うのですが、あわびはすでに重篤な病に罹っていたと思います。

▼初めて庭を散策


保護した時は、やせ衰えて小さかったあわびですが食欲は旺盛で、
みるみる大きく育って行きました。

わが家になじむにつれ、あわびはとんでもないやんちゃ坊主になり、
家の中でも外でも暴れて走り回り、ありとあらゆるものがおもちゃに
なるので私も父も家中の後片付けに追われる毎日
笑
私が会社から帰宅すると、歓迎のセレモニーである家の端から端への
猛ダッシュが永遠と続くのには驚かされました。


▼やんちゃぶりが出てきた頃

近所の猫好きのおばさんが、畑仕事をしていると、振るおうとする
鍬にあわびが何度も飛びかかってきたと教えてくれました。
「危ないわ、可愛いわで、ほんなこつ面白かったー!」という言葉を
聞いた時には、こちらも色んな意味で冷や汗ものでした
あせ
それでも、そのやんちゃ振りが可愛くて「あー、元気になったなあ」
とすっかり安心していました・・・。


▼わが家に来て1月経った頃

あわびがわが家に来て5ヶ月ほど経ったある夏の夜・・・
ちょうどお盆休みで妹夫婦が帰省してくるという時で、私はその準備に
追われ気づくのが遅くなったのですが、いつもなら帰って来てごはんを
とっくに食べ終わっている時間だというのにあわびの姿が見えません。
たった数時間前まで、お気に入りの金ぴかの猫じゃらしで狂喜乱舞し
遊んでいたのでしたが・・・。

いつも行きそうな近所の畑や野原を、名前を呼びながら探してもみつからず
心配しつつ、眠れない夜を過ごした翌日お昼近くになって、数軒先の
ご近所さんが家に駆け込むようにやって来られました。
そして・・・
「うちの畑で猫が死んでる、あわびちゃんかも?」
と言われるではありませんか!

急いで駆けつけると身体もきれいなまま、何の傷も負っていないあわびが
草の中で、静かに横たわっていました。
昨日まであんなに元気で、暴れん坊でどうしようもなかったあわびが
何故か突然に、天使になっていました!

「あわび、あわび! 一体どうしたの?」・・・思わず心の中で叫びました!
そして、あわびの異変に全く気付いてあげられなかった自分を責めました。
「あわび、ごめん!ちっともわからんかったんよ」

まだまだずーっと一緒に、楽しく暮らしていけるはずだったのに、
こんな小さい内に生を奪われてしまったあわびが不憫でなりませんでした。

この時、亡くなった原因は未だ不明なのですが、先天性の心臓病あるいは
フィラリア症などの突然死となる病気の可能性が高いと思っています。

父は「そそつかし過ぎるけんあかんたい!(無鉄砲すぎるからだめなんだよ)
と半ば怒ったような言葉を口にしていましたが、おそらく父にとっても
大変ショックな出来事であったに違いありません。

妹夫婦も一緒に4人で家の庭の隅に小さな亡骸を埋葬し、別れを告げました。

あわびの顔はまだあどけなさを残していましたが、当然のことながら
物言わなくなった安らかな表情を見ると、すでにこの世には何の遺恨もなく
自分の死を受け入れているかのような「潔さ」さえ感じました。


目を閉じると今でも、緑いっぱいのふるさとの野山を喜々として
駆け回っていたあわびの姿が想いだされます。


あわびにとって、たった半年ほどの短い猫生でしたが、私たちに
猫という生きものの愛おしさと、儚さと共に一瞬の命の美しさ
というものを鮮明に残してくれました。

by mシッター

ブログネタに悩むと今日は何の日?を検索したりするのですが、
今日は「エッフェル塔の日」らしいのでフランスエッフェル塔 の思い出話し
でもいたしましょう。
なんて、フランスに住んでたような語り出しですが、遠い遠い昔、
mシッターと二人で2週間ほど貧乏旅行したというだけなのです〜





▲この頃から一緒だったな〜

最近ではパリの同時多発テロ事件が記憶に新しいと思いますが、
そんなことが起こるなんて想像もしていなかったずっとずっと昔
シャルルドゴール空港にリュックサックを背負って降り立ったの
が1998年のこと。


当然ながら言葉が通じない。
バス停どこ?  切符は最初に買うの? 券売機、公衆電話‥とにかく壊れて
いるものが多く(今は違うかも)、日本のように「故障中」とか親切な
はり紙も貼ってないから、自分の操作がまずいのかもと焦りました。

当然ながら道に迷う。
パリの街にリュック背負った東洋人が行ったり来たり、意味不明な
英語で話しかける私たちは不審者だったに違いありません。まあ
それでもホテルに滞在し、たくさんのパリ市民に迷惑をかけながら
数日間散策すると、パリのメトロはすごくわかりやすくて、迷わず
移動できるようになっていました。



▲ブランデーたっぷりのクレープと苦いコーヒー


▲FAUCHONのエスカルゴタワー


▲激甘のデザート

カフェではカシスソーダを頼んだのに発音が悪かったせいか
激甘のチョコミントパフェみたいなものが運ばれてきたり、
電車の中でうっかり財布を出してジプシーの子供たちに囲まれ
バイオリンの大演奏♪「ソーリー  ミュージック  ノーサンキュー」
といった失敗もたくさんありました。


「東洋人は差別されるよ。」「身なりで判断されるよ。」などと
知人から聞いて覚悟して行ったのですが、想像していたのと違って、
フランスの人はみんな親切でした。「何言ってるかようわからんが
困ってるみたいだから助けてあげよう。」というホスピタリティ
精神溢れる方が多かったというのが印象です。




その後フランスからベルギー、オランダと移動したのですが、
先日はベルギーでもあのようなテロ事件がありショックでした。
ほんの通りすがりの旅人でしたが、思い出のある地なので
ああ、あの国でこんなことが‥と動揺してしまうのです。

遠い過去の思い出ですが、
ホテルの人、カフェの人、チョコレートを売ってた人、美術館の人、
タクシーの運転手さん、切符の買い方を教えてくれたおばあさん、
列車の乗り換えホームまで心配してついてきてくれたおじさん、
見ず知らずの外国人に優しくしてくださった方々の顔が浮かびました。
みなさんご無事だっただろうか‥

そしてシッターとしては、人と一緒にいたであろう動物たちの悲劇も
つい想像してしまいます。人間の身勝手な行動で訳も分からず
巻き添えになってしまう小さなものたちのこと‥
それに関しては私も同じ人間として、謝らなければならないのでは
ないでしょうか。

平和な世界が早く訪れることを祈ります。

b y  t シッター







 

“あずき”は昔同居していた猫(男の子)の名前です。
白黒で顎のところにあずき大のホクロがあったので
“あずき”と名付けました。

あずきはとても聞き分けがよく我慢強い子でしたが、ひとつだけ
家のトイレを使いたがらないという困ったこだわりがありました。
そのうち慣れてくれると思っていたのですが、トイレをもよおすと
玄関ドアをカリカリ引っ掻きます。そしてそれを無視していると
ニャーンと、か細い声で鳴き始めるのです。その声がすごく
悲しげで、いつも根負けしてドアを開けてしまっていました。

幸いその頃夫のオフィスは自宅内にあり、ドアマンの役をして
くれていたのですが、あずきがうちに来て半年が過ぎた頃、
手狭になったオフィスを外に移すことになりました。

身勝手ながら私は、どうしようドアマンがいなくなる!!
と焦りました。なんとかあずきに家のトイレを使って欲しい。
ひとりでお留守番しないといけなくなるのに・・

砂を変えてみたり、ベランダに置いてみたり、かわいそうですが
一日ドアを開けなかったり・・試行錯誤しましたが、その結果
なんと、あずきが便秘になっていました。
お腹が張って、食欲がなくなりしょんぼりしています。

自分たちの都合でごめん。でもどうしてそんなに我慢すると?

困り果てた私は熊本の実家に住む姉に相談しました。
「こっちの家なら元々ドアは開けっ放しだし、車も通らんけん
出入り自由で飼ってあげられるけどね。こっちに連れて来てみるね?」

健気に頑張るあずきを放り出すようで悩みましたが、
このままではまた病気になるかもしれないとオロオロし、
私はその言葉にすがってしまいました。次の週にはあずきの
お気に入りの水色の器とおもちゃ、そしてあずきをキャリーバッグに
入れ、夫の運転で熊本の実家に向かっていました。

普段は車に乗せてもおとなしくじっとしているあずきが、その日
だけは違っていました。ニャーン!ニャーン!と鳴きながら
キャリーバッグをガリガリひっかきます。

「いつもと様子が違うね」
「また捨てられると思ってるんだろうなぁ」と夫。
「外で自由にしていた子を、家に閉じ込めるのがもともと残酷なこと
だったとよ・・」と私は自分に言い聞かせていました。

ニャーン!ニャーン!
「大丈夫、大丈夫、あずきもっといいところに行くんだよ」
結局、実家に着くまでの2時間半あずきは鳴き続けました。



▲ご近所でもお利口さんで有名だったあずき(2歳頃)

その時はあずきのためにベストの選択をしたと思っていましたが、
今は本当に身勝手で申し訳ないことをしてしまったと反省しています。
今の自分ならそんな簡単にパニックになることもないし、もっと根気強く、
慣れるまで待ってあげられた。そして、あずきがおそらく抱えていたで
あろうトラウマのケアもしてあげられたのではないかと思います。

その後新しい環境に馴染んだ後は、あずきも田舎暮しを満喫していた
様子でした。時々帰省した時は「あずき〜!」と呼ぶと遠くにいても
「ニャー」と紳士なあずきらしくきちんと返事をして、石段を駆け下りて
来てくれました。手に負えなくなって育児放棄した私たちを恨むことなく
「やあ、よく来たねぇ」といつものゴロゴロゴロで迎えてくれるのでした。

相変わらず身体は弱く風邪をひくと鼻炎が長引きましたが、父と姉とご近所
さんたちにも可愛がられ、あずきはそれから7年の猫生を全うしました。


現在では『猫の健康と安全を保持する観点から、屋内での飼養に努めなければならない。』
と福岡市の条例(
第12条 猫の飼い主の遵守事項)でも猫の完全室内飼いが推奨されて
います。このお話は1996年(20年前)の思い出話ということでご理解ください。

      ・
      ・
あれから約20年、キャットシッターという仕事を人生最後の仕事に決めました。
遅いスタートですが猫さんとの暮らしの素晴らしさをお客様と共有しながら
そして過去の私のように育猫に悩まれている方のよろず相談室の役目もできれ
ばいいな〜と思います。meetaを通して色んな悩みも共有し解決しあえる
猫友の輪を広げていきたいと思っています。 
b y   t シッター

“あずき”は昔同居していた猫(男の子)の名前です。
白黒で顎のところにあずき大のホクロがあったので
“あずき”と名付けました。

一緒に暮らし始めたころは、感染症と重度の貧血、栄養失調。
寝ている時以外はずっとクシャミをするので、鼻水を拭いてまわりました。
すると「いやはや申し訳ありませんねぇ」とバツの悪い顔をします。

通院は夫の係りでしたが「白血球が危険な数値です。頑張って通院してください。」
と言われ、そして「ほんとにノラちゃんなの?おとなしいねぇ〜」と感心された
そうです。確かに、あずきは注射針をさされても、ぐっと我慢できる子でした。
薬(錠剤)もコクンと簡単に飲み込んでくれ、まったく手がかかりません。

なんだか、何のために注射され、なんのために薬を口に押し込まれるのか
理解していて、自ら積極的に治療を受けているように見えました。
しかも、自分のためではなく「早く治さないと迷惑かける」と考えてる
のではないかと‥



そして、普段の生活でも彼は律儀でした。
「これはあずきのだよ」と最初の日にキッチンの床に置いた水色の器。
じっと見つめ、カリッカリッとすぐにいい音を立てて食べてくれたのですが、
それからその器に入れたもの以外は絶対に口にしませんでした。

煮干しを差し出しても食べません。お腹がいっぱいなわけではないようで
それを水色の器にのせると、本当に食べていいの?と確認してから
ようやくポリポリ食べ始めるのです。
子供の頃世話をしていたネコは食べ物を見ると大騒ぎで
膝やテーブルに飛び乗ってきたものですが、
あずきが人の食卓に手を伸ばすようなことは、決してありませんでした。

ひょっとしたら、あずきは以前誰かに飼われていて、そして
捨てられたのかもしれないと思うようになりました。
「いい子にしてないとまた捨てられる」そう思って、私たちにすごく
気を使っているように感じられたのです。「大丈夫。捨てたりしないよ。」
と心の中でつぶやいた私でしたが、数ヶ月後にはあずきを実家に置いてくる
ことになるのです(続きはまた‥)
by  tシッター

“あずき”は昔同居していた猫(男の子)の名前です。
白黒で顎のところにあずき大のホクロがあったので
“あずき”と名付けました。

仕事帰り、雨がしとしと降る寒い夜。
私は買ったばかりの熱々たこ焼きを入れたビニール袋を持ち
家までの近道(細い露地)を歩いていました。
すると、家と家の隙間から  ニャー と鳴き声
覗いてみるとキラリと二つの目が光っています。

「猫ちゃんおいで〜お腹すいと〜と?」博多弁で声をかけると
ニャー
「たこ焼きしかないけど食べる?」
ニャー
「よしよし出ておいで〜」
ニャー
痩せた白黒猫がゆっくりと姿を現しました。

たこ焼きを差し出すとハフハフしながら食べています。
・・猫舌じゃないんかい
「お腹空いとったんやね。じゃあね」と、
たこ焼きをもう2個あげて私は家に帰りました。

7個になったたこ焼きを見て「道道食べてきたと?大人なのに」
とあきれる夫に「痩せ〜た猫がそこにおんしゃったと。毛が濡れて寒そうでね‥」
とさっきの話を必死でする私。
夫はニヤニヤしながら「家に連れて来たいんやね」
いや、そこまでは考えてなかったけど、確かにあのままじゃかわいそうかも
雨もひどくなってきた。様子だけ見に行こうかな‥

傘をさし、ふたりでさっきの露地を見に行くと
猫の姿は消え、たこ焼きもきれいに無くなっていました。
「もうどっか雨の当たらないとこに行ったっちゃろうね。」と、
少しホッとして、少し残念な気持ちで家に戻ろうとした時、 

ニャー 
あっまだいる……
しばらくすると暗闇から、さっきの白黒猫が遠慮がちに出てきました。
「猫ちゃんウチくるかい?」
ニャー
ゆっくり抱き上げると私をじっと見つめてニャーゴロゴロ‥

「ありがとう。きっとまた来てくれると思って待ってたよ。」

いつまでも続くゴロゴロゴロ‥が
そう言ってるように感じました。


▲同居3ヶ月目のあずき、重い感染症にかかっていましたがなんとか回復。
 貧血で真っ白だった鼻先と肉球が少しピンク色になってきた頃の写真。

これがあずきとの出会いです。
どうして紳士猫(タイトル)なのかはまたの機会にお話ししますね。
b y  t シッター
 


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meeta のマスコットで、2シッターを保護者的な目で見守っている。好きな食べものは、クリームチーズ。特技は肉球マッサージ。
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結構な高齢だが体力には自信があり、気持ちは若い。ややせっかちで、情にもろいところがある。食いしん坊で和菓子に目がない。緊張すると熊本訛りが出る。
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